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国芳 木曾街道六十九次之内 垂井 猿之助

商品NO. A1-89-247-02
シリーズ 木曽街道六十九次(国芳)
タイトル 木曾街道六十九次之内 垂井 猿之助
作者 国芳
年代 嘉永5(1852)年
状態
サイズ 24×35.5cm
価格 SOLD
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 江戸時代中期の読本『絵本太閤記』に想を得た作品。陶器屋に奉公に出ていた猿太郎こと秀吉が、「かかる賤しき業をなし何日まで人に恥かしめられんや」と、一緒に遊んでいた主人の子を井戸に縛りつけたとする逸話を描く。垂井とはすなわち樽の井戸のこと。表題部、コマ絵に描かれる瓢箪は、秀吉が馬印として愛したモチーフである。

木曽街道六十九次
 江戸は日本橋から、京の三条大橋までをつなぐ木曽街道。その道中に設けられた69の宿場を描くのが「木曽街道六十九次」と呼ばれる作品である。その名を冠するシリーズとしては、天保6(1835)年に刊行が始まる渓斎 英泉 ・歌川 広重 による作と、そのおよそ20年後に出版される 国芳 の作とが知られている。
  英泉広重 の「木曽街道六拾九次」が宿場町の人々の営みを主題とするのに対し、宿場にまつわる説話や、宿場の名前に掛けた物語を描くのが 国芳 による本作。したがって鑑賞者は、描かれた人物や、表題の文字を囲む絵柄などから、宿場町と物語との関係を紐解いて楽しむことができる。さらに画面左上に描かれた宿場風景、その「コマ絵」の枠の形もまた、物語に合わせて変化している。隅から隅まで、洒落っ気に富んだ 国芳 の創意が感じられる作品である。

国芳(くによし)
寛政9年(1797)〜文久元年(1861)
浮世絵師。画号に一勇斎・採芳舎・朝桜楼などがある。江戸日本橋にて染物屋の子として生まれたが、文化末年から 初代豊国 の門人となり、 役者絵 ・挿絵などを描き始める。文政末年より描き始めた錦絵「通俗水滸伝豪傑」シリーズで人気が急騰。以後「 武者絵国芳 」として評判を得る。柴田是真にも学んだとされ、天保期には 洋風 風景画 も手がけるようになり、また 戯画 の豊かな発想から幕末の奇才と呼ばれる。

木曽街道六十九次(国芳)
江戸は日本橋から、京の三条大橋までをつなぐ木曽街道。その道中に設けられた69の宿場を描く『木曽街道六十九次』である。その名を冠するシリーズとしては、天保6年(1835)に刊行が始まる、渓斎 英泉 と歌川 広重 による作と、そのおよそ20年後に出版される 国芳 の作とが知られている。前者が宿場町の人々の営みを主題とするのに対し、 国芳 による本作は、宿場にまつわる説話や、宿場の名前に掛けた物語を描く。したがって鑑賞者は、描かれた人物や、表題の文字を囲む絵柄などから、宿場町と物語との関係を紐解いて楽しむことができる。さらに画面左上に描かれた宿場風景、その「コマ絵」の枠の形もまた、物語に合わせて変化している。隅から隅まで、洒落っ気に富んだ 国芳 の創意が感じられる作品である。